キャプテンハーロック わが青春のアルカディア
昭和アニオタの夏休みといえば松本アニメだった
ども、MK団2代目団長マタンキ角南です。
またまた大阪にある塚口サンサン劇場というミニシアターで、今回はキャプテンハーロックわが青春のアルカディアの映画を見てきました。
今から40年前、団長が中学高校生の頃、松本アニメ映画は夏休みの風物詩でした。
1970年代のアニオタは松本零士アニメの影響で“宇宙”と書いて“うみ”と読んでいたのです。
学年 | 松本零士アニメ映画タイトル |
---|---|
1977年夏(ワイ中学1年) | 宇宙戦艦ヤマト |
1978年夏(ワイ中学2年) | さらば宇宙戦艦ヤマト |
1979年夏(ワイ中学3年) | 銀河鉄道999(The Galaxy Express 999) 宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち(7月31日テレビSP放送) |
1980年夏(ワイ高校1年) | ヤマトよ永遠に |
1981年夏(ワイ高校2年) | さよなら銀河鉄道999-アンドロメダ終着駅 |
1982年春(ワイ高校3年) | 1000年女王 |
1982年夏(ワイ高校3年) | キャプテンハーロックわが青春のアルカディア |
1983年夏(ワイ大学1年) | 映画クイーンエメラルダス、制作中止 |
この翌年には映画クイーンエメラルダスが作られる予定で、この映画にもエメラルダスは準主役的な役どころで出演して、松本零士もやる気満々だったんですが……
しかしハーロックが見事にこけて制作が中止になってしまった⤵️
なぜだ、なぜなんだーーーーー!?
もともとこの頃には松本アニメはブームのピークを過ぎており、アニメの主流はガンダムに移っていました。
リアル世代として体感的には79年の「テレビSP ヤマト新たなる旅立ち」「映画銀河鉄道999」のここが松本アニメのピークだったと思います。
80年ヤマトよ永遠に、81年さよなら銀河鉄道999、これでもうアニオタ的には松本アニメは完全に終わってました。
よほどの松本オタクでないとハーロック映画を観に行こうとはしなかったのです。
ハーロックがコケた本当の理由
しかしこの映画がこけた理由はブーム云々だけでなく、ハーロックそのものにもあると思います。
そもそもキャプテンハーロックってどんな話なのかよく知らない。
ハーロックは一体何と戦っていたのか?
ヤマトならガミラスという敵と戦う。
999なら機械の体をタダでくれるという星までの旅。
といったように目的がハッキリとしていました。
しかしキャプテンハーロックとなると名前こそ知っているが、どんな話なのかを知ってる人は少ないでしょう。
桃太郎や浦島太郎の話はみんな知ってるけど、金太郎って何したんだっけ?みたいな感じなのです。
そういうワイも今回映画を見るまで全くと言っていいぐらい知りませんでした。
まあせっかく観てきたのでここでストーリーを3行で説明すると
あらすじ3行で
この時代の地球はどこかの異星人との星間戦争に敗れ、植民地化されていた。
地球の政治家たちは腐りきって自主独立を諦め、その異星の傀儡として地球を運営していた
ハーロックはその体制に不満があり、地球の独立と自由のために宇宙海賊となる!
う〜〜〜〜〜〜ん、なんか言ってることはカッコイイが具体的に何がしたいのかよくわからん
さらに1行でまとめると、昭和の子どもたちが好きなフレーズ「支配からの卒業」みたいなことか。
結局映画はというと、なんとハーロックが宇宙に旅立ったところ
「さあハーロックの旅は始まったばかりだ!」
で終わっており、続きはこれから毎年夏休みに映画にするから必ず観にこいよお前ら、みたいな感じなのです。
2時間かけてこれじゃ面白いはずがない!
いっそ話の冒頭30分ぐらいでエメラルダスやトチローと出会ってさっさと宇宙に旅立ち、残り時間目一杯いろんな敵と戦って戦って戦いまくって、そのうち敵もいつの間にか仲間になって……
つまり
宇宙の海賊王にオレはなる!
みたいな話にしておけばわかりやすくてよかったのに……
でもまあハーロックが片目になったのとか、エメラルダスの顔の傷が何で付いたのかとか、マニアックなエピソードが入っていたのはおもしろかったです。
それでは今日はこの辺で。マタンキ。